イギリス全国最低賃金法導入と中小企業の対応施策
新しい資本主義の実行計画 2025年改訂版が6月に公表され、4年後の全国加重平均¥1,500、その後の2035年には平均賃金60%の賃上げ(推定¥1,800)も検討されているようです。現在の日本の状況について生産性改革の可能性を示したイギリスの例に考えたいと思います。1999年4月にイギリスでは「全国最低賃金法」が施行されました。労働市場における低賃金層の拡大や所得格差の拡大是正のため社会的公正を実現する目的で施行されました。導入当時、従来の自由競争的な賃金決定の慣行を変える画期的な政策ではありましたが、一方で低賃金労働に依存していた中小企業、特に小売業、飲食業、清掃、介護など労働集約型の業種では、経営コストの急上昇による深刻な影響が懸念されました。しかし、経営者は従業員を「コスト」から「パートナー」と位置付ける意識改革、業務改善と生産性向上への取り組みの道へ進みだしました。
この法律は、イギリス労働市場における「働く貧困層」の増加に対応するため政策であり、賃金の底上げを通じて社会的包摂を目指すものでした。一つには地域・業種を問わず全国一律の最低賃金水準にすることで労働者に対して水準の賃金を補償しました。二つめは独立し聴聞機関「低賃金委員会」が段階的な引き上げを提言し中小企業の時間的余裕を与えました。それにより、労働者保護と子業影響の両立として、雇用維持や経済競争力の確保を前提とした柔軟な制度設計を可能としました。導入当初、一部の中小企業では人件費に増加負担により雇用調整が行われましたが、懸念された「解雇増」は限定的であり多くの企業は雇用削減より再配置・労働時間調整で対応しました。正社員転換制度の導入、柔軟シフト制の導入、採用基準の見直しを行い人的資本への投資を重視する文化が芽生えました。
最低賃金引き上げのよって労働コストが上昇する一方で、多くの中小企業者は「人件費の圧縮」ではなく「業務効率化の改善」によって対応を図りました。飲食小売業では業務の重複や動線の見直し、作業標準化・マニュアル化が進められました。これにより新人教育の迅速化、顧客対応の品質の均一化が実現し、限られた人員でも高い生産性が維持できる体制が整いました。また、中小企業では従業員を単一業務に固定せず、複数業務をこなせるマルチスキル人財を育成する方向にシフトしました。例えば、厨房と接客の両方を担当するスタッフ配置、介護現場での事務・生活支援の兼務などが実施されました。低下価格競争に依存せず「品質・顧客体験」で差別化する企業は増え、地域密着型店舗や専門サービス業では「地域コミュニティとの関係性」「信頼性」「顧客満足度向上」によって価格転嫁を受け入れやすい市場を形成しまました。
最低賃金法の導入は一時、企業負担の増加をもたらしましたが、長期的には中小企業の構造転換と社会的信頼につながりました。最低賃金の保証は従業員の士気を高め、離職率の低下に寄与しました。結果として、教育コストの削減と業務品質の安定という副産物を生み出しました。低賃金を利用して価格競争を行う企業が淘汰され、健全な市場原理が動くようになりました。業務改善、IT導入、マルチスキル化などの改革を通じて企業体質の強化が進むなど多くのメリットを生み出しまました。イギリスの経験は「最低賃金に引き上げ=雇用破壊」という単純な図式ではなく、制度を契機とした生産性改革の可能性を示しています。日本の人手不足・賃上げ圧力に直面する現代においても、イギリスの事例は「賃上げを原動力とする業務革新」「人を大切のする経営への転換」とう重要な示唆を与えています。


