人的資本経営は中小企業のためにある
~仕事を変え、人を育て、企業価値を高める「経営・仕事・人」の総合戦略~
これまで変化の激しい不確実な時代において、いかにして企業が構造的な改革を進め、持続的な成長を描くべきか、そのパラダイムチェンジの必要性をお話してきました。その到達点であり、未来への指針となるのが「人的資本経営」です。「人的資本経営」という言葉を聞くと、多くの経営者は「上場企業や大企業が開示を求められているIR(投資家向け情報)対策だろう」と捉えがちだと思います。しかし、人的資本経営の本質は「開示用のレポートを作ること」ではありません。その核心は、「経営戦略と人材戦略を高度に同期(連動)させ、人という資本の価値を最大限に引き出して持続的な企業価値向上につなげること」にあります。この本質に立ち返ったとき、人的資本経営を「経営と現場をつなぐ実践」と捉えるなら、中小企業には構造的な強みがあります。
経営者自身が人事に直結し、現場との距離が近い中小企業においては、CEO(経営)とCHRO(人事)の機能が最初から一体化しているに等しい。経営戦略の変更に伴う人材の再配置や役割の柔軟な組み換えを、意思決定の圧倒的なスピード感をもって実行に移せるのは、中小企業ならではの決定的なアドバンテージなのです。人的資本経営とは、大企業の真似事ではなく、中小企業がその機動力を活かして勝ち残るための「真の生き残り戦略」に他なりません。では、中小企業が人的資本経営を現場の「日々の実践」に落とし込むには、何を軸に据えるべきなのだろうか。その答えこそが、本シリーズを通じて追究してきた「業務再設計」「仕事再設計」、そして「ポータブルスキル開発」の統合モデルです。経営者が「どこへ向かうのか」を示し、社員が「現在の仕事はどうなっているのか」「何を変えられるのか」を対話する。その往復運動によって、新しい仕事の形をつくっていくことが重要なのです。
業務再設計のプロセスそのものを、社員がポータブルスキルを発揮し、学び深める「実践の場」としてデザインする。これにより、経営上の成果(人時生産性の向上)人材上の成果(キャリア自律とエンゲージメント)を同時に手に入れることができます。与えられた仕事をこなす受動的な存在から、自ら仕事を見直し、時代に通用するスキルを獲得する能動的な主体へと社員が変化する。仕事を変えるプロセスそのものが、人を育てます。「仕事を変えること」と「人を育てること」を不可分なものとして一体で推進する。これこそが、人的資本経営を駆動させる最強の実践エンジンとなります。この実践エンジンを空回りさせずに力強く回転させるためには、従来の評価・処遇・キャリアの仕組み、すなわち「人事制度」そのもののパラダイムチェンジが不可欠です。
人的資本経営を真に機能させるためには、職務等級制度の転換、キャリアパスの再定義、評価・還元ロジックの刷新など人事制度の方向性をアラインメント(再構築)していく必要があります。これまで多くの中小企業において、人件費は「可能な限り抑えるべきコスト(費用)」として扱われがちでした。しかし、人口減少と深刻な人手不足が加速するこれからの日本において、労働量を量的に確保することには限界があります。コストカットの延長線上に、企業の未来はないと言えます。社員を消費される「コスト」ではなく、投資によって価値が高まり続ける「資本(人財)」として捉え直すこと。限られた人財の力を引き出し、その力によって仕事を変え、生まれた付加価値を再び人へ投資する。私は、この循環こそが、人口減少時代を生きる中小企業にとっての人的資本経営の姿だと考えています。
このコラムの詳しい内容をnoteの記事にしています。ご興味があればご覧ください。


