組織の未来をつくるコラム

「人を中心にした生産性向上」——人時生産性×人的資本経営という新しい経営視点

近年、企業の現場では「人手不足」「長時間労働」「採用難」という三重苦が続いています。これらの課題に対して多くの企業が“効率化”や“デジタル化”を打ち出していますが、現実には「現場の負担が減らない」「人が育たない」「改善が続かない」という壁に直面しています。その根本原因は、生産性を「人の時間」ではなく「機械や作業の量」で測ってきた旧来型の発想にあります。これからの時代に必要なのは、単なる業務改善ではなく、人を起点にした生産性改革です。その鍵となるのが、「人時生産性」と「人的資本経営」を統合的に捉える新しいマネジメントモデルです。


人時生産性とは、「付加価値(または売上)を投入された人の時間で割った指標」です。つまり、「1時間あたりにどれだけの価値を生み出しているか」を示すものであり、企業が限られた人的リソースでどのように価値を生み出しているかを可視化できます。これまでの「労働生産性(売上÷従業員数)」では捉えきれなかった、時間という最も希少な資源の活かし方を明らかにできるのがこの指標の特長です。一人ひとりの働き方、チームの連携、業務の構造を見直す上で、まさに“現場と経営をつなぐ共通言語”と言えるでしょう。



一方で、経済産業省が推進する「人的資本経営」は、単なる労務管理ではなく「人への投資を経営の中核に据える」考え方です。スキルやキャリアの可視化、健康経営、心理的安全性、エンゲージメントといった要素を「人的資本」として測定し、開示することが求められています。しかし、ここにも実務上の課題があります。多くの企業が人的資本の情報を“人事部門の指標”として管理しており、経営指標と結びついていません。例えば「研修受講者数」や「離職率」は見えても、それが業績や生産性とどう関係しているのかが説明できないのです。ここで鍵となるのが、人時生産性です。人時生産性は、「人材への投資(教育・健康・スキル)」がどれだけ価値創出に結びついたかを定量的に測る“中間指標”となります。


このモデルを導入する上で最も重要なのは、経営者自身の視点の転換です。「人件費=コスト」ではなく、「人時=投資の成果を生む単位」として捉えることです。現場の改善を“コスト削減”ではなく、“人が力を発揮できる環境整備”とみることで、組織の行動が変わります。人時生産性と人的資本経営を統合するという発想は、効率と人間性の両立という、これまでの経営課題に対する一つの答えです。「人を削る経営」から「人を活かす経営」へ。「成果を求める管理」から「成長を支援するマネジメント」へ。その転換を実現するための共通言語が、「人時生産性」です。この指標を通じて、企業は自らの働き方を見直し、現場から経営までが一体となって学び・成長する文化を築くことができます。これからの時代、生産性とは人の知恵と関係性の総和です。人時生産性の向上を軸に、人的資本を最大限に活かす経営を共に創り上げていきましょう。