組織の未来をつくるコラム

地方の中小企業だからこそ始めたい人的資本経営

― 経営戦略と人事戦略を「仕事再設計」でつなぐ ―
「人的資本経営」は大企業だけのものなのか


「人的資本経営」という言葉を聞くと、「上場企業が人的資本情報を開示するためのもの」「人事部門のない中小企業には難しい」と感じる経営者も少なくないのではないでしょうか。しかし私は、むしろ人手不足が深刻化する地方の中小企業にこそ、人的資本経営の考え方が必要になっていると考えています。地方では、採用したくても必要な人材が集まらない。最低賃金や物価の上昇によって人件費や経費は増える。さらに金利や消費動向など、経営を取り巻く環境は激しく変化しています。今いる人材を単なる「人員」としてではなく、将来の企業価値を生み出す「資本」として捉え直す必要があります。「では、中小企業は何から始めればよいのか」ということですが、私はその答えの一つが、経営戦略と人事戦略の間に「仕事」を置くことだと考えています。人的資本経営では、経営戦略と人材戦略を連動させることが重要だとされています。


「3年後、今と同じ人数、あるいは今より少ない人数で事業を続けるとしたら、どの仕事をなくし、どの仕事を変え、どの仕事を強化する必要がありますか?」と質問すると議論が具体的になります。「特定の人にしかできない仕事を減らしたい」「管理職に集中している判断業務を現場に移したい」「二重入力をなくしたい」「AIで代替できる事務作業がある」「もっと顧客対応に時間を使いたい」ここまで具体化すると、次の問いが生まれます。「その仕事を実現するためには、従業員にどのような能力が必要なのか」。ここに、経営戦略と人事戦略をつなぐ接点があります。地方中小企業の人的資本経営を、私は次のような流れで考えています。経営課題⇒必要となる仕事⇒必要な役割⇒必要な能力⇒人材育成・配置⇒評価・MBO⇒生産性・収益。例えば、「人手不足の中でも利益を確保する」という経営課題があるとします。そのためには、単純に従業員一人ひとりに「もっと頑張ってください」と求めるのではなく、現在の仕事そのものを見直さなければなりません。



まず、タスクインベントリ(業務の棚卸)を使って仕事を可視化します。そのうえで、ECRSの考え方などを使い、「なくせる仕事」、「まとめられる仕事」、「順番や担当を変えられる仕事」、「簡素化できる仕事」を考えていきます。
これが「仕事再設計・業務再設計」です。仕事再設計を経営者やコンサルタントだけで行うことよりも、私の経験上、従業員に参加してもらうことがベストです。現場の仕事を最もよく知っているのは、毎日その仕事をしている従業員だからです。実は、この活動そのものが人財育成になります。問題を発見する力、全体を見る力、相手の立場から考える力、他者と協働する力、改善案を考える力、実際に試して振り返る力。実際の仕事を題材に「考える→対話する→実践する→振り返る」を繰り返すことで育っていきます。つまり、仕事再設計は生産性向上の活動であると同時に、人財育成の実践の場にもなり得るのです。人材版伊藤レポートでは、「As is(現在の姿)」と「To be(目指す姿)」のギャップを把握する考え方が示されています。


人的資本経営というと大げさに聞こえますが、実際には、「これから必要になる仕事」と「現在できる仕事」の差を埋めていくことから始められるのです。私は、中小企業の人的資本経営に、分厚い人材戦略書は必要ないと思っています。最初はA3一枚でも十分です。そこに、3年後の経営目標→ 必要な仕事の変化→ 必要な役割→ 必要な能力→ 現在とのギャップ→ 育成方法→ MBO→ 経営成果を書き出します。そして経営者だけで完成させるのではなく、管理職や現場リーダー、従業員との対話を通じて更新していく。現場の仕事再設計×業務再設計に合わせてアジャイルに開発・設計していけば良いと思います。経営戦略と人事戦略をつなぐものは「仕事」です。まず、3年後の会社を考える。そして「その会社では、どんな仕事が行われているのか」を経営者と従業員が一緒に考えてみる。地方中小企業の人的資本経営は、そこから始めることができると私は考えています。


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